『児童虐待』や『医療ネグレクト』に医師はどう対応する?
近年、児童相談所における児童虐待相談対応件数は増加傾向にあり、令和5年度は225,509件で過去最多となりました。
医師には、「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」に基づき、虐待が疑われる児童を発見した際の「通告義務」が課せられています。
しかし、いざその場面に直面したとき、守秘義務や保護者との関係悪化を恐れ、躊躇してしまうケースも少なくありません。
今回は、法令上の位置づけやガイドラインを踏まえ、医療機関が直面する虐待対応の現実と、医療従事者として取るべき具体的なステップについて解説します。
クリニックで児童虐待に気がつくには?
児童虐待防止法では、殴る・蹴るといった「身体的虐待」、性的な行為を強いる「性的虐待」、言葉による脅しや無視などの「心理的虐待」、そして食事を与えない、不潔な環境に置くといった「ネグレクト(養育放棄)」を、児童虐待として明確に定義しています。
対象となる「児童」は、18歳未満を指します。
また、子どもが病気や怪我で苦しんでいるにもかかわらず、宗教的信念や無関心、あるいは経済的な理由などによって、保護者が必要な受診をさせなかったり、医師の指示に従わず必要な薬を与えなかったりする「医療ネグレクト」も、ネグレクトの一類型として扱われます。
特に生命にかかわる治療を拒否する場合などは、緊急的な対応が求められます。
医療従事者がこうした虐待の有無を判断することは、容易ではありませんが、診療時には多くのヒントが隠されています。
医学的な所見としては、不自然な部位の打撲、説明のつかない骨折、火傷の痕などがあげられますが、それ以上に重要なのが「違和感」です。
保護者が子どもの怪我の原因についてあいまいな説明を繰り返したり、話のつじつまが合わなかったりする場合、あるいは受診を極端に遅らせたりする傾向がある場合は注意が必要です。
また、子どもが親の顔色を異常にうかがう様子を見せたり、逆に親に対してまったく甘える素振りを見せなかったりする場合、家庭環境になんらかの歪みが生じている可能性があります。
医療機関からの通告が少ない理由
児童虐待防止法では、医師などを含む、児童の福祉に職務上関係のある者に対して虐待の早期発見に努めるよう求めています。
そして、同法では、虐待を受けたと思われる児童を発見した際、速やかに児童相談所などへ「通告」することも義務づけています。
ここで重要なのは、虐待の「確信」は不要であるという点です。
「虐待かもしれない」という疑いを持った段階で、通告の義務が発生します。
しかし、現状では児童相談所への相談経路のうち、医療機関からの割合は数%に止まっているというデータもあります。
「通告によって信頼関係が壊れ、通院が途絶えたらさらに危険ではないだろうか」「もし間違いだったら、保護者から訴えられるのではないか」という不安が、通告をためらわせます。
また、多くの医療従事者が懸念するのは、刑法上の守秘義務との兼ね合いです。
しかし、児童虐待防止法において、守秘義務に関する規定は、通告をすることを妨げるものと解釈してはならないと明記されており、児童虐待の疑いによる通告は、正当な理由による業務行為であり、守秘義務違反には当たりません。
むしろ、虐待の疑いを知りながら通告を怠り、その後に最悪の事態が発生した場合、医療機関としての社会的信用を失うばかりか、法的責任を問われるリスクさえあります。
経営的な観点からも、コンプライアンスの遵守と子どもの安全確保を最優先にすることが、結果として、クリニックの信頼を守ることにつながります。
現在の虐待事例の多くは、心身に特別な問題を抱えていない一般的な家庭からも発生しています。
したがって、外来診療の短い時間だけで虐待を把握するのが困難な場合もあります。
もし、判断に迷った場合は、市区町村の子ども家庭支援センターや保健所、保健センターなどに相談しましょう。
これらの機関は、その家庭が過去にどのような行政支援を受けてきたか、ほかの兄弟の状況はどうなっているかなど、医療機関が持ち得ない情報を保有していることがあります。
医療機関からの専門的な所見と、行政が持つ生活背景の情報を組み合わせることで、虐待の有無を判断できるかもしれません。
医療機関には、地域全体で見守るネットワークのハブ(拠点)の役割が期待されており、ほかの機関との連携が児童虐待を防ぐことにもなります。
子どもへの虐待や医療ネグレクトは、一人の医療従事者の努力だけで解決するものではありません。
病院で働くスタッフ全員が虐待のサインを共有し、迷わず相談・通告できる体制を整えることが、クリニックの重要な役割でもあります。
通告は保護者への裏切りではなく、子どもを守り、そして限界を迎えている保護者を支援につなげるためのサポートです。
まずは、児童虐待への知見を深めるところから、始めていきましょう。
※本記事の記載内容は、2026年3月現在の法令・情報等に基づいています。