税理士法人エスペランサ

言論弾圧や活動妨害などの目的で行われる『スラップ訴訟』とは?

24.03.26
ビジネス【企業法務】
dummy
大企業など社会的に強い立場の者が、個人や零細企業など比較的弱い立場の者に対して、言論や活動を抑圧する目的で行う民事訴訟のことを『スラップ訴訟』といいます。
もともとは訴訟大国のアメリカで生まれた概念で、近年は日本でもスラップ訴訟に該当する民事訴訟が増えてきました。
スラップ訴訟は強者から弱者への弾圧となりますが、抑止する法律の規制が進むアメリカに対して、日本ではまだ法規制が進んでいません。
当事者となった場合を想定しながら、スラップ訴訟についての理解を深めていきましょう。
dummy

被告側の時間とコストを消費し追い詰める

スラップ(SLAPP)訴訟は『Strategic Lawsuit Against Public Participation』の頭文字を取ったもので、直訳すると「公的参加を排除するための戦略的訴訟」となります。
その性質から、『口封じ訴訟』『恫喝訴訟』『威圧訴訟』『嫌がらせ訴訟』とも呼ばれ、大企業や雇用主、上司など社会的に優位な立場にある者が、個人や従業員、部下など弱い立場の者に対して、不都合な言論の封じ込めや反対運動の中止、嫌がらせ、意見や陳情の取り下げなどを目的に行います。

経済的、体力的に余裕のある強者側は、敗訴することが明らかだったとしても、時間とコストをかけて裁判を行い、弱者側に圧力をかけ続けることができます。
一方、スラップ訴訟の被告となる弱い立場の者は、たとえ勝訴することが確実だとしても、裁判期間中を通して裁判所に出頭したり弁護士に依頼したりし続けなければならず、時間と費用の消耗により疲弊し、結果として意見や陳情を取り下げたり発言を控えたりせざるを得なくなります。
スラップ訴訟発祥の地でもあるアメリカでは、この訴訟が『言論の弾圧』や『表現の自由の規制』として大きな問題となり、30以上の州で反スラップ法を制定しています。

スラップ訴訟の多くは民事訴訟です。
民事訴訟は、一般的には被告に対して、与えられた損害を回復するための賠償を請求する目的で提起されます。
被告への発言の撤回や嫌がらせが目的で、賠償金の取得が目的でないと思われる民事訴訟は、スラップ訴訟とされるケースが多く見られます。
たとえば、企業の不正を記事にしたジャーナリストに対して、企業側が名誉毀損で高額な損害賠償金を求めて訴えたケースの場合、記事が客観的な事実に基づいたものであれば、企業側の訴訟はジャーナリストに圧力をかけるためのスラップ訴訟だと非難されるでしょう。
一方で、記事が事実ではない場合、企業側の訴えには正当性があることになります。
スラップ訴訟なのか、それとも正当な訴えなのかは、個々のケースで判断する必要があります。

また、個人がSNSなどで発信した内容に対して企業側が起こす名誉棄損訴訟も、スラップ訴訟とみなされる可能性があります。
日本でも、2024年1月にあるユーザーが住宅展示場の施工ミスを撮影し、その写真をSNSに投稿したところ、住宅メーカーとのトラブルに発展しました。
メーカー側が「損害賠償請求の準備を行なっている」と発表したことが、「スラップ訴訟ではないか?」とインターネット上で批判を浴びたのです。

不当な損害賠償請求訴訟は棄却されることも

不当解雇やハラスメントなどへの問題提起をした従業員や部下に対して、雇用主である事業者側や上司が行う訴訟もスラップ訴訟とみなされ、原告側が敗訴することがあります。

2023年7月には、ある市の元副市長からパワハラを指摘された元市長が、名誉を傷つけられたとして行なった高額な損害賠償請求訴訟が、裁判所から不法行為であると認定されました。

2023年12月には、一般財団法人が元職員に対し、虚偽の申告による「労災保険料等の損害を受けた」として行なった損害賠償請求訴訟について、裁判所が請求を棄却する判決を出しました。

また、過去にはビル建設に反対する周辺住民の反対運動を止める目的で行われた訴訟や、宗教法人が名誉を棄損されたとしてテレビ局や出演者に対して行なった損害賠償請求訴訟が、スラップ訴訟の定義に合致するといわれています。

日本ではまだ、スラップ訴訟を抑止する法律が制定されておらず、不当とされる訴訟に対するペナルティもほとんどありません。
スラップ訴訟や不当訴訟を提起されて、被告となってしまった際はどうすればよいでしょうか。
その場合の対抗しうる手段として、以下の二つがあります。
一つは、スラップ訴訟の提起自体が違法であり、不法行為であるとして、被告が原告に対して損害賠償を請求する訴訟を別途提起するという方法です。
そしてもう一つは、「反訴」として、原告が提起した訴訟と同じ手続きのなかで反対に訴え返すという手段もあります。

アメリカでは州によって禁止されているスラップ訴訟ですが、日本では法的な規制はなく、訴訟を提起する目的が損害賠償請求なのか、敗訴前提の嫌がらせや見せしめなのかを見極める必要があります。
スラップ訴訟を提起された場合はもちろん、正当性があって相手を訴える場合も、どのように対応すればよいのか、法律に詳しい専門家とよく相談することをおすすめします。


※本記事の記載内容は、2024年3月現在の法令・情報等に基づいています。