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従業員への貸付金は賃金で相殺できる? 判例で学ぶ労基法の原則

19.09.24
ビジネス【企業法務】
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従業員に、給料前借りなどの形で金銭を貸し付け、その従業員が退職することになった場合、退職金と貸付金を相殺する形で返済してもらい、残額を支払いたいのが本音です。
しかし、たとえその従業員が前借り時に退職金との相殺に合意していたとしても、必ずしもそのような処理ができるとは限りません。
労働基準法(労基法)24条1項に規定された賃金全額払い原則との関係で、事前に慎重な手続をとる必要があります。
今回はこの点について、代表的な判例『日新製鋼事件』を元にご説明します。
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貸付金と賃金を相殺した代表的な判例

【最判平成2.11.26/『日新製鋼事件』】
・事案の概要
Xは、Yに在職中、住宅資金として、Yから87万円を借り入れていた。その後、Xは、交際費等の出費に充てるために借財を重ね、破産申立てをせざるを得なくなった。
そこで、Xは、Yを退職する決意をし、Yに対し、借入金の残債務を退職金等で返済する手続をとってくれるように依頼した。
Yにおいては、従来からの労使協議により退職する従業員の同意を個別に得た上で、返済手続をYに一任する取扱いがされてきた。そこで、YはXの退職願を受理するとともに、「今般私儀退職に伴い会社債務及び労働金庫債務の弁済のため、退職金、給与等の自己債権一切を会社に一任することに異存ありません」との文面の委任状を提出させ、退職金392万円余及び未払賃金22万円余からYの借入金を控除し精算処理を行った。
その後、Xは破産宣告を受けたため、破産管財人が労基法24条1項違反を理由として否認権を行使し、Yに対して退職金及び未払賃金の支払を求めた。

・判旨の概要
1.法解釈
労基法24条1項本文の定める賃金全額払い原則の趣旨は、使用者の一方的な賃金控除を禁止し、もって労働者に賃金全額を受領させ、労働者の経済生活の安定を図る点にある。そのため、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することは、かかる趣旨に反するが、労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合、これが労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、相殺は同条項に反しないものと解する。もっとも、前記趣旨に鑑み、右同意が労働者の自由な意思に基づくか否かの認定判断は厳格かつ慎重に行わなければならない。

2.法適用
Xは、自発的にYに精算処理を依頼しており、本件委任状の作成、提出の過程に強要にあたるような事情は全くうかがえない。また、精算処理手続終了後も、XはYの担当者の求めに異議なく応じ、書類に署名押印をしている。さらに、本件各借入金はいずれも、借入の際には抵当権の設定はされず、低利かつ相当長期の分割弁済の約定のもとにXが住宅資金として借り入れたものである。特にYからの借入金については、従業員の福利厚生の観点から利子の一部をYが負担する等の措置が執られるなど、Xの利益になっており、Yもこのような性質や退職時に残債務を一括返済する旨の各約定を十分認識していたといえる。したがって、XのしたYの相殺への同意は、同人の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたといえる。

3.結論
本件相殺は、労働基準法24条1項本文に違反するものではない。


相殺する場合の注意点とは?

会社が従業員に貸し付けた金銭と賃金を相殺する場合、労働者の自由な意思に基づく相殺でなくてはならず、労働者の自由な意思の存否を、相殺合意の成立経緯・貸付金の返済方法に関する労働者の認識、使用者の自働債権の性質(労働者に利益をもたらすものか否か)の観点から判断することとされています。
ちなみに、労働者が退職金を放棄する場合にも、本件と同様の判断がされます。

なお、労働者への過払い賃金を後に賃金から控除する調整的相殺については、その行使の時期、方法、金額などからみて、労働者の経済生活の安定との関係上、不当と認められないものであれば、労基法24条1項に反しないとされます。
したがって、このような相殺をする場合には、労働者に十分な説明を書面で行い、その書面に労働者の署名・押印をしてもらうことはもちろんのこと、利息を会社が一部負担したり、これを低利としたりするなど、労働者にとってメリットのある貸し付けをすることが必要となります。

どのような手続を取れば相殺が可能かの判断には、相場観や具体的事案の客観的分析が不可欠です。
もし従業員への貸付金などの債権を賃金(退職金含む)と相殺する場合は、当該従業員ともよく話し合い、慎重に判断するようにしましょう。


※本記事の記載内容は、2019年9月現在の法令・情報等に基づいています。