阿部尚武税理士事務所

終の棲家を保証する『配偶者居住権』の要件と活用方法

26.11.03
業種別【不動産業(相続)】
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「長年連れ添った配偶者に先立たれた後も、住み慣れた自宅で安心して余生を過ごしたい」。
そんな切実な願いを法的側面から保護する制度が『配偶者居住権』です。
2020年4月施行の改正民法により創設されたこの権利を活用すれば、自宅の所有権を子など別の相続人が相続しても、配偶者は建物の所有者に賃料を支払うことなく居住を継続することができます。
一方で、権利を第三者に譲渡できないという制約や、権利自体が相続税の課税対象となる点など、実務上の留意点も少なくありません。
今回は、本制度の法的性質や取得要件から、実践的なメリット・デメリットまでを網羅的に解説します。

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『配偶者居住権』の法的性質と取得要件

『配偶者居住権』とは、被相続人の死亡後、残された配偶者が、居住していた建物の所有者に賃料を支払うことなく、終身または一定期間にわたり無償でその建物に居住することができる権利です。
類似の制度として、遺産分割協議が成立するまでの当面の間の居住を保護する「配偶者短期居住権」がありますが、両者は法的に異なります。
配偶者短期居住権は相続開始時に無償で居住していたことが要件ですが、配偶者居住権においては「無償」であったことまでは要件とされていません。

配偶者居住権を取得するためには、次の2つの要件をいずれも満たす必要があります。
1つ目は、相続開始時に配偶者がその建物に居住していたこと。
2つ目は、被相続人が相続開始時にその建物を配偶者以外の者と共有していないことです。
すなわち、被相続人の単独所有、あるいは夫婦の共有名義であれば対象となりますが、子など第三者との共有名義であった場合は適用対象外となります。
上記の要件を満たしたうえで、原則として、遺産分割協議、遺贈、死因贈与のいずれかの方法により権利を取得します。
遺産分割協議が難航した場合には、家庭裁判所の審判によって取得が認められるケースもあります。
ここで法律上の実務として注意を要するのが、遺言によって配偶者に配偶者居住権を取得させる場合です。
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨を定めた「特定財産承継遺言」の形式では、原則として配偶者居住権を発生させることはできず、遺贈の形式をとる必要があります。
ただし、遺言全体の文脈から遺贈の趣旨と合理的に解釈できる場合には、例外的に取得が認められる余地があります。

権利取得後は、法務局で配偶者居住権の設定登記を行うことで、第三者に対する対抗要件を備えることができます。
建物の所有権を取得した者には、この登記手続に協力する法的な義務が課されます。
なお、保護の対象となる配偶者は法律上の婚姻関係にある者に限られ、内縁関係の場合は対象外となります。
権利の存続期間は、遺産分割協議や遺言で別段の定めをしない限り配偶者の死亡まで(終身)となります。
存続期間の満了、配偶者の死亡、配偶者による権利の放棄、あるいは建物の全部滅失によって、配偶者居住権は消滅します。

また、配偶者には「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」が課されます。
決められた用法に従わなかったり、所有者に無断で増改築や第三者への賃貸(使用・収益)を行なったりした結果、所有者が相当の期間を定めて是正を催告したにもかかわらず改善されない場合は、所有者の一方的な意思表示によって権利を消滅させることができます。
権利が消滅した場合、原則として居住建物はその所有者に返還されることになります。
なお、配偶者が死亡した場合でも、配偶者居住権は相続の対象とはなりません。

メリット・デメリットと相続税法上の扱い

配偶者居住権を活用するメリットは、大きく以下の3点に集約されます。
1つ目は、自宅の所有権を取得せずとも、住み慣れた自宅での居住を確保できる点です。
遺産分割で争いになった場合でも、一定の要件を満たせば家庭裁判所の審判によって配偶者居住権を取得できる場合があります。
2つ目は、配偶者のその後の生活資金を確保しやすくなる点です。
本制度では、不動産の財産的価値を「配偶者居住権」と、その権利が付着した「負担付所有権」の2つに分けて評価します。
配偶者が自宅の所有権を相続する場合に比べ、配偶者居住権のみを取得するほうが評価額を低く抑えやすく、限られた遺産総額の枠内で、預貯金などの流動資産をより多く配偶者に分配することが可能になります。
なお、配偶者居住権の財産評価は、建物の耐用年数や築年数、配偶者の平均余命などを用いた法定の計算式によって厳密に算出されます。
3つ目は、登記により第三者への対抗力が生じる点です。
配偶者居住権を登記しておけば、将来、建物の所有者が変わったとしても、新たな所有者からの理不尽な立ち退き要求を法的に拒絶することができます。

一方でいくつかのデメリットも存在します。
配偶者居住権は配偶者自身の一身に専属する権利であるため、権利そのものを第三者に譲渡することはできません。
また、所有者の承諾がない限り、第三者に建物を賃貸して収益を得ることも禁じられています。
そして、所有権を取得した側にとっても、配偶者居住権が存続する間は、建物を自由に使用・収益することが制限されるため、不動産の資産活用という面では足かせとなる点にも注意が必要です。

さらに、税務上の扱いには高度な専門的判断が求められます。
配偶者居住権は金銭的な価値を持つ財産権とみなされるため、当然に財産的価値を評価したうえで相続税の課税対象となります。
ここで問題となりやすいのが、相続税を大幅に軽減できる「小規模宅地等の特例」の適用関係です。
この特例は「土地または土地の上に存する権利」を対象としているため、建物を使用する権利である配偶者居住権そのものには適用されません。
しかし、建物を利用するために不可欠な敷地を使う権利(敷地利用権)や敷地の所有権には適用が可能です。
この際、配偶者が取得する敷地利用権については、特例適用のための追加要件(配偶者自身が同居や保有継続など)を満たさなくても特例が認められます。
しかし、土地の所有権を取得するほかの相続人については、各人の状況に応じて特例適用の可否を個別に判定する必要があります。

自宅の資産価値が高く、配偶者の老後のために預貯金を少しでも多く残したい場合や、遺産分割で相続人同士の意見が対立しやすい場合には、配偶者居住権は極めて有力な選択肢となり得ます。

ただし、本制度の利用は法的な義務ではなく、あくまで多様な選択肢の1つです。
権利の分離がもたらすメリットとデメリットを天秤にかけ、将来の家族関係や税負担を検討したうえで、導入に迷う場合は早期に税理士や弁護士などの専門家に相談することが賢明です。


※本記事の記載内容は、2026年11月現在の法令・情報等に基づいています。