事なかれ主義? 組織を守る?『ゼロリスク』を求めることの是非
SNSの普及により、企業のマーケティング施策が『炎上』するケースも増えてきました。
しかし、その炎上を恐れるあまり、わずかなクレームに過剰に反応し、プロモーションを即座に取りやめたり、長年愛されたサービスを急変させたりする『過剰反応』も起きています。
よかれと思って行なった対応が結果として「事なかれ主義」とみなされ、ブランドを支えていたファンやユーザーを失望させてしまうことも少なくありません。
企業を守るためのリスク回避が、かえって新たなリスクを生みかねない「ゼロリスク追求」の是非について、掘り下げます。
わずかな批判に屈してしまうことの弊害
昨今、行政や企業の取り組みにおいて、少数の否定的な意見に振り回される光景がよく見られます。
たとえば、ある公共施設において、近隣住民のごく一部から寄せられた「子どもの声がうるさい」という苦情を受け、代替案を模索する前に施設の廃止を決定してしまった事例がありました。
また、ある企業が制作した広告動画において、特定の表現が「不快だ」というSNS上のわずかな指摘を重く受け止め、法的に問題がなく、かつ多くのユーザーから支持されていたにもかかわらず、即座に動画を削除し謝罪文を掲載したケースもあります。
これらの対応は、一見すると「迅速な危機管理」に見えるかもしれません。
しかし、実際には、施設を必要としていた利用者や、広告に好意的な印象を抱いていた顧客への配慮が欠けてしまっているのです。
クレームをゼロにしようとする姿勢は、組織の運営においてはとても重要な考え方ですが、一方で、対応を間違えてしまうと、ユーザーからは「事なかれ主義」や「日和見主義」と受け止められかねません。
こうした過剰反応が積み重なると、組織は独自の個性を失い、世の中は一部の相手の顔色をうかがうだけのマーケティング施策ばかりになってしまいます。
クレームに対する過剰反応はなぜ起きる?
では、なぜ多くの組織はクレームに対して、過剰な反応をしてしまうのでしょうか。
その大きな要因の一つに、企業側が「声の大きい少数派(ラウドマイノリティ)」の意見を、市場全体の意思である「沈黙している大多数(サイレントマジョリティ)」の総意だと錯覚してしまうことがあげられます。
SNS上の批判は、リポストや拡散によって増幅され、あたかも社会全体が怒っているかのような錯覚を与えますが、実際にはごく限定的なコミュニティ内での反応であることも珍しくありません。
また、日本企業の組織風土として、リスクを避ける傾向が極めて強いことも背景にあります。
たとえば、約40カ国を対象とした国際比較調査では、日本企業における「リスクテイク」の姿勢が他国と比較しても小さいことがわかりました。
リスクテイクとは、リスクがあることを想定したうえで、対策を講じながら、挑戦する姿勢のことを指します。
ほかにも、世界価値観調査などでは、日本人の気質としてリスクを冒すことを避ける傾向があると指摘されています。
しかし、変化の激しい現代において、リスクを完全に排除しようとする「ゼロリスク」という考え方は、新しい価値を生み出す機会をみずから摘み取ってしまうことにほかなりません。
信念を貫くことでユーザーの支持を得る企業
かつては、批判を覚悟のうえで自社の信念を貫き、逆に支持を集めた事例もあります。
その代表的な例が、米ナイキ(NIKE、以下ナイキ)の広告戦略です。
2018年、人種差別問題に対して抗議の意思を示したアメリカンフットボール選手を広告に起用した際、一部の層から激しい不買運動が起こり、SNS上ではナイキの製品を燃やす動画まで投稿されました。
しかし、ナイキは選手の起用を取りやめるようなことはせず、むしろ選手をサポートし続けました。
このナイキの断固とした姿勢は、結果としてターゲット層である若者からの支持を集め、オンラインでの売上増加など、一定の成果につながったとされています。
また、2011年、アウトドア用品メーカーのパタゴニアは、アメリカ最大のセール日であるブラックフライデーに、あえてニューヨーク・タイムズ紙に「Don't Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」という全面広告を出しました。
「売るために逆説的な広告を出している」「偽善的だ」という批判もありましたが、同社は「不必要な消費は環境を破壊する」という創業以来の理念を貫き、広告を通じて消費者に「本当に必要か考えてから買ってほしい」というメッセージを伝えたのです。
結果として、ブランドへの信頼を一層高めることとなりました。
すべてのユーザーを100%満足させるマーケティング施策はありません。
突き詰めれば、マーケティングは「誰を喜ばせ、誰を喜ばせないか」を選択する作業ともいえます。
すべての批判を回避しようとすれば、メッセージは毒にも薬にもならない無難なものへと収束し、ブランドの求心力は失われます。
マーケティングにおいて、リスクは避けるべき敵ではなく、自社のアイデンティティを確立するために「正しく管理して、時には背負うべきもの」であると考えることが大切です。
※本記事の記載内容は、2026年4月現在の法令・情報等に基づいています。