土地家屋調査士法人共立パートナーズ

介護従事者の労働条件を引き下げる場合の注意点

23.04.04
業種別【介護業】
dummy
円安や景気の悪化により企業の倒産件数が増加している昨今、老人福祉・介護事業は2000年以降、過去最多の倒産数を記録しています。
事業所が経営不振となった場合、事業者はさまざまな改善策を講じ、減給や人件費削減などを行うことがあるかもしれません。
しかし、このような従業員にとって不利になる手段を選ぶ際には、特に慎重になる必要があります。
今回は、介護従事者の労働条件を引き下げる場合の注意点を紹介します。
dummy
業績悪化や経営不振に伴い倒産数が過去最多

東京商工リサーチが公表する『全国企業倒産状況』によると、2022年の全国企業倒産件数は6,428件(前年比6.6%増)であることがわかりました。
なかでも『老人福祉・介護事業』の2022年倒産件数は、介護保険制度が始まった2000年以降で最多の143件(前年比76.5%増)を記録しています。
倒産の主な理由としては、新型コロナウイルスの感染リスク回避のため訪問介護やデイサービスの利用者が減ったことや、光熱費や食材、介護用品の値上がりなど物価高騰による経営状況の悪化、国のコロナ関連支援策の反動などによる、資金繰りに行き詰まるケースが目立ちます。
このような状況において介護業界では、人件費や光熱費などの運営コストが経営を圧迫していくことが予想され、この先も倒産件数が伸びる可能性が高まっています。

厳しい経営状況から抜け出すためには、効率的な人員配置、人件費や諸経費の見直し、業務内容の効率化といった改善策を講じる必要があります。
たとえば、人件費を見直すため、従業員の給与を下げることを検討する事業者も少なくないでしょう。
しかし、労働条件を変更する場合、『不利益変更』にならないよう注意しなければなりません。

不利益変更とは、事業者が従業員にとって不利益になる労働条件に変更することをいいます。
就業規則にある労働契約の内容の変更について、労働契約法9条で以下のように定められています。
「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」
そのため、事業者の都合で従業員の賃金や労働時間などを勝手に削減することは認められていません。


経営見直し時の労働条件の変更には注意

業務の効率化を図り、労働時間を短縮することも人件費削減の近道と考えられます。
しかし、労働時間の短縮も必要性や程度にもよりますが、取り入れることは容易ではありません。

では、倒産リスクを回避する施策の一つとして、労働条件を変更したい場合はどうすればよいのでしょうか。
労働契約法10条により、事業者がこの不利益変更を行使する場合、原則として従業員から個別に同意を得なければならないとされています。
つまり、個別に同意を得た場合に限り、不利益変更を行使することが可能になります。

経営危機回避のために労働条件の不利益変更を行うケースとしては、就業規則の変更により行う方法や、労働組合との労働協約の締結により行う方法あります。
そのような場合、不利益変更の正当性が認められるためには、以下の内容を鑑みて合理的であると判断される必要があります。

(1)労働者の受ける不利益の程度
(2)労働条件の変更の必要性
(3)変更後の就業規則の内容の相当性
(4)労働組合などとの交渉の状況、経緯
(5)その他の就業規則の変更に係る事情

(2)の労働条件の変更の必要性の程度は、不利益変更をしなければならない会社としての必要性を示すことが求められます。
たとえば、すでに役員報酬や役員数などをカットしている、数期前から赤字が続き、可能なコストカットなどを行っているといった実績を示すことが求められます。

事業再建計画の一環としての労働条件の不利益変更であっても、事業者側の都合で一方的に行うことはできません。
特に賃金の引き下げや業務時間の短縮などは労働者に対する不利益の程度が大きくなるため、細心の注意を払って進める必要があります。
手続きの流れの一例を示します。

(ステップ1)賃金の削減計画を作成して従業員へ説明し、賃金削減はコスト削減の最終手段として実施することへの理解を得ます。
(ステップ2)賃金削減への理解を得たうえで就業規則の変更を実施し、変更となった規則の説明を実施します。
(ステップ3)従業員一人ひとりから同意書を取得します。

労働日数や休日、時間に関する不利益の場合は、(ア)時間単価や休日の単価の変化、(イ)単価の変更に伴う、割増賃金や控除の変化、(ウ)固定残業手当を導入している場合は、その変化、という3点についても、注意を払って個別に説明を行うとよいでしょう。

なお、固定残業手当を導入している場合は、手当自体が生活給となっていることが多く、通常の変動する割増賃金とは異なり、密接に従業員の生活に影響を与えます。
そのため特に丁寧な説明を実施し、激変緩和措置(経過措置や期間)を設けるなども検討するとよいでしょう。

このように、労働条件の不利益変更を行う際は、丁寧な手順を踏むことが前提となりますが、厳しい経営状況を回避するための改善策を講じる場合、まずは会社の資産や不要な設備の売却、光熱費、リース代など運営コストの見直しから実施しましょう。
無駄なコストを削減し、同業他社とのサービスの差別化を図るなどして利用者離れを食い止め、事業所全体で経営不振を立て直していきましょう。


※本記事の記載内容は、2023年4月現在の法令・情報等に基づいています。