損害を与えた従業員への『損害賠償請求』はどこまで認められる?
経営者のなかには、生じた損害について全額を従業員に請求したいという方もいるかもしれません。
しかし、実際には賠償額が減額されたり、そもそも損害賠償請求が認められなかったりするケースがほとんどです。
なぜなら、そこには民法に基づく『報償責任の原理』があるからです。
従業員への損害賠償請求が制限されている理由と、損害賠償請求が認められる状況などについて、解説します。
従業員の賠償責任に係る報償責任の原理とは
従業員の業務上の行為によって損害が生じた場合、会社側は民法に基づく債務不履行や不法行為を理由に、その従業員に対して損害賠償請求を行うことができます。
会社は従業員と労働契約を結んでおり、従業員は賃金の対価として労働を提供する義務がありますが、なんらかの原因でその義務が果たされていない状態のことを債務不履行と呼びます。
また、不法行為とは、故意や過失によって損害を生じさせる行為のことを指します。
民法では、会社が従業員に対して損害賠償請求を行うことを認めており、会社に損害を与えた従業員は賠償する義務を負うことになります。
しかし、たとえ従業員のミスによる損害だとしても、その従業員がすべての責任を負うわけではありません。
従業員が負担する賠償額は、本人の責任や違法性、労働環境や管理体制などと照らして決められ、よほど悪質な事案以外は、損害額に相当する全額の賠償を一人の従業員に求めるのはむずかしいことがほとんどです。
従業員の賠償責任については、『報償責任の原理』という考え方が根底にあります。
報償責任の原理は、会社が従業員の労働によって利益を得ている以上は、その労働によって生じる損害についても、会社も責任を負うのが公平だという考え方です。
この原理があることにより、会社による従業員への損害賠償請求は一定の割合で制限されるということです。
また、会社と個人である従業員は、経済力に差があるのが一般的で、資力に乏しい従業員に会社と同等の金銭的な賠償を求めるべきではないとされており、従業員への賠償責任が認められたとしても、従業員が支払う賠償金は生じた損害の1~5割程度になるのが一般的です。
会社の管理体制が問われるケースも多い
従業員の過失により損害が発生した場合、従業員側の責任よりも、会社側の責任が大きくなるケースが少なくありません。
従業員が事故を起こし、第三者に怪我を負わせてしまった場合、会社側も民法第715条で定められた『使用者責任』に基づき、その従業員と連帯して責任を負うことになります。
会社が被害者に対して賠償金を支払い、その分については事故を起こした従業員に請求できますが、必ずしもその請求が認められるわけではありません。
たとえば、その事故が長時間労働や過重労働に起因するものだったり、事故防止策が十分でなかったりする場合などは、会社の管理体制が問われることになり、損害賠償請求を行なっても棄却される可能性が高くなります。
従業員に対する損害賠償請求が認められやすいのは、会社側の管理体制に一切の不備がなかったり、従業員が悪質な不法行為を行なっていたりするケースです。
特に、商品の横領や第三者への暴力など、従業員の故意の違法行為による損害は、損害の全額を請求することができる可能性が高く、賠償金が減額される可能性も低いとされています。
一方、従業員の重大な過失であっても、故意でなければ、全額の請求が認められることはほとんどありません。
会社としては、こうした従業員の故意や過失による損害に備えておきたいところですが、労働基準法第16条では「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定められており、労働契約のなかに損害賠償の規定を設けることは禁止されています。
また、賃金には労働基準法第24条に基づく「全額支払いの原理」があるため、損害額を給与と相殺することもできません。
会社としてできることは、従業員がミスを起こさないよう万全の管理体制を構築し、もし従業員に対して損害賠償請求をしなければならない状況になったら、労務問題に詳しい弁護士などに指示を仰ぐことです。
賠償責任の割合などは個別のケースによって大きく変わるため、まずは専門家に相談してみることをおすすめします。
※本記事の記載内容は、2024年6月現在の法令・情報等に基づいています。