児童や生徒を守るために施行された『わいせつ教員対策新法』とは
いわゆる『わいせつ教員対策新法』と呼ばれるこの法律は、これまで定義されていなかった児童・生徒への性暴力を定義したほか、児童や生徒へのわいせつ行為で懲戒免職になった教員が再び教壇に立つことをむずかしくする狙いもあります。
児童・生徒の尊厳と人権を守り、教員のわいせつ行為を防ぐ目的で制定された、わいせつ教員対策新法について説明します。
教員によるわいせつ行為は年間で約200件
文部科学省が公表した『公立学校教職員の人事行政状況調査について』によれば、2021年度に性犯罪や性暴力などが原因で懲戒処分等を受けた幼稚園や公立小中高校の教員は216人でした。
わいせつ行為などで懲戒処分を受けた教員は、2013年度から9年連続で200人を超えており、文部科学省はこれらの状況をふまえて、児童・生徒とのSNSを通じた私的なやり取りの禁止や、児童・生徒と密室状態になることを回避するよう各都道府県の教育委員会に通知、指導をしてきました。
ただ、200人という数字は氷山の一角に過ぎないという意見もあり、さらなる対策が急務でした。
このような背景のもと、教員による児童・生徒へのわいせつ行為に対してより強い法的措置を取ることを目的に、2021年5月28日の国会で成立したのがわいせつ教員対策新法であり、2022年4月1日から施行されました。
この新法では、教員による児童や生徒へのわいせつ行為を『児童生徒性暴力等』と定義しています。
具体的には、下記の行為が児童生徒性暴力等に該当します。
(1)児童生徒などに性交等をすること、または性交等をさせること
(2)児童生徒などにわいせつ行為をすること、またはわいせつ行為をさせること
(3)児童ポルノ法違反
(4)痴漢行為または盗撮行為
(5)児童生徒などに対する悪質なセクハラ
新法では、刑事罰とならない場合や、児童・生徒の同意の有無などを問わず、すべての児童生徒性暴力等を禁止しています。
また、これらの児童生徒性暴力等を行った教員は、原則として懲戒処分の対象となります。
教員免許の再授与をこれまで以上に困難に
これまでは懲戒処分によって教員免許を失効したとしても、3年経てば所定の手続きを行うことで、教員免許が再授与されていました。
過去には、小学校に勤務していた教員がわいせつ行為で懲戒処分となったにもかかわらず、数年後に戸籍と名前を変えて別の県の小学校に教員として復帰し、再びわいせつ行為を行ったというケースもあります。
新法では、児童・生徒への児童生徒性暴力等によって教員免許を失効した教員を『特定免許状失効者等』と定義し、再び教壇に上がることを困難にしました。
まず、各都道府県の教育委員会に、医療や法律などの分野の専門家で構成される『都道府県教育職員免許再授与審査会』が設置され、特定免許状失効者への教員免許の再授与には、この審査会の意見が必要になります。
各教育委員会は、免許の失効の原因となった児童生徒性暴力等の内容や、教員が更正しているかどうかなどを見極め、審査会の意見を踏まえながら、適当だと判断した場合にのみ、教員免許の再授与を行います。
もちろん、不適当だと判断されれば、再授与は行われません。
原則として、審査会に所属する専門家全員の意見が一致しないと再授与は行われないため、特定免許状失効者が再び教壇に立つ可能性は、かなり減少します。
また、新法では、各教育委員会や学校法人が特定免許状失効者の氏名や児童生徒性暴力等の内容を把握できるデータベースの構築・整備が定められました。
これまでも文部科学省が提供する、免許の失効情報を検索できる『官報情報検索ツール』が利用され、検索可能期間を直近3年間分から40年間分に延長するなど、利便性を高める措置はとられてきました。
しかし、官報への掲載に数カ月のタイムラグがあるなど、いくつかの課題もありました。
そこで文部科学省は、新たに『特定免許状失効者等データベース』を構築、4月1日からは採用にあたってDBでチェックすることを義務化しました。
このDBでは性暴力などで懲戒処分等を受けて免許状が失効した教員の氏名や処分歴、処分理由などを検索できます。
採用にあたって検索せずに性暴力が再び起こった場合は、採用側が損害賠償責任を負う可能性があることも定められました。
一方、児童や生徒を卑劣なわいせつ行為から守る新法にも、まだ課題はあります。
新法が対象としている『教育職員等』は、幼稚園や学校などの教育職員、校長(園長)、副校長(副園長)、教頭、実習助手、寄宿舎指導員などです。
保育士には、『児童福祉法等の一部を改正する法律』に基づき、児童生徒性暴力等を行った者への登録の取り消しや再登録の制限などの厳格化が規定されています。
しかし、教育職員等や保育士以外の塾講師や、子どもたちを指導するスポーツインストラクターなどは、これらの法律の対象外です。
教育職員等や保育士以外の者による児童や生徒へのわいせつ行為を防ぐための仕組みづくりも、国全体で考えていく必要があるでしょう。
※本記事の記載内容は、2023年6月現在の法令・情報等に基づいています。