『改正相続法』で可能に! 遺産分割前の預貯金の払戻し、仮払い
親族が亡くなったとき、葬儀費用やその後の生活費の捻出に困る場合があります。
被相続人の預貯金を払い戻し、これに充てたいと考える人もいるでしょう。
しかし、これまでは、複数の相続人が共同相続した預貯金について、遺産分割前の個々の相続人への払戻しは、相続人全員の同意がない限り認められませんでした。
これが『改正相続法』により、葬儀費用など相続人の資金需要に対応できるよう、相続人単独での払戻しが可能となりました。
そこで今回は、“遺産分割前の預貯金の払戻し制度”についてご紹介します。
被相続人の預貯金を払い戻し、これに充てたいと考える人もいるでしょう。
しかし、これまでは、複数の相続人が共同相続した預貯金について、遺産分割前の個々の相続人への払戻しは、相続人全員の同意がない限り認められませんでした。
これが『改正相続法』により、葬儀費用など相続人の資金需要に対応できるよう、相続人単独での払戻しが可能となりました。
そこで今回は、“遺産分割前の預貯金の払戻し制度”についてご紹介します。
葬儀費用のためでも預貯金が払い戻せない!
Aさんの父は、病気で入院治療を受けていましたが、先般亡くなりました。
遺産としては、X銀行に預金(1,800万円)があるだけです。
Aさんは長男で、父の相続人としてほかに弟のBさんと妹のCさんがいます。
Aさんはあまり預貯金や現金の持ち合わせがなく、父の葬儀費用の捻出や病院の治療費の支払のために、父の遺産の預金を払い戻してこれらに充てたいと考えていますが、弟や妹とは仲が悪く、これについて二人から同意を得ることができません。
このような場合、どうすればよいでしょうか。
被相続人の預金の払戻しに関して、『改正相続法』以前は法律による規定はなく、最高裁判所の決定を基準としていました。
従前の判例では、預貯金等の債権については、相続開始と同時に当然に、各共同相続人にその相続分に応じて分割され、各共同相続人は、分割により自己に帰属した債権を単独で行使することができると解されていました。
つまりAさんは、単独で相続分(3分の1)の600万円について、X銀行から預金の払戻しを受けることができるということになります。
しかし実際は、『相続人全員の合意がないと相続人単独の預貯金の払戻しには応じない』とするのが金融実務の実状で、遺産分割前は相続人が単独で預貯金を払い戻すことができませんでした。
その後、最高裁平成28年12月19日決定(民集70巻8号212頁)により、“相続された預貯金債権は遺産分割の対象に含まれる”こととなりました。
つまり、預貯金債権は共同相続人全員の準共有状態となり、遺産分割が終了するまでは共同相続人による単独での払戻しができないこととされたのです。
払戻しをするには、共同相続人全員が合意し、全員が共同して行使しなければなりません。
これでは、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済など、相続人の死亡後の早い段階で出てくる資金需要に対応することが困難です。
改正相続法で可能となった“単独での払戻し”
改正相続法では、このような不都合を解消するために、相続開始後遺産分割終了までの間、一定の上限を設けたうえで、家庭裁判所の判断を経ないで、単独で金融機関の窓口において預貯金の払戻しを受けることができる制度が創設されました(909条の2)。
単独で払戻しができる額は、『相続開始時の預貯金債権額×3分の1×当該払戻しを行う共同相続人の法定相続分』です。
ただし、同一の金融機関からの払戻しは、法務省令が定める150万円を限度とします(ちなみに、相続開始直後に資金需要が一番高いと考えられる葬儀費用の平均的な金額が150万円です)。
Aさんの場合、単独で払戻しができる額は『1,800万円×3分の1×3分の1=200万円』となりますが、同一の金融機関から払戻しは150万円が限度であるため、Aさんが単独でX銀行から払戻しできるのは150万円までとなります。
ここから、父の葬儀費用や父の病院の治療費を捻出し、支払に充てることができます。
改正法909条の2は、さらに、払戻しを受けた(権利行使された)預貯金債権について、『当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす』と定めています。
これは、誰が預貯金を払い戻したか客観的に明らかであり、当該権利行使された預貯金債権について、遺産分割においてこれを当該相続人以外の者に帰属させる必要性もないことから、このような定めになったものです。
なお、改正法909条の2は、あくまでも共有法理の例外を設けたもので、第三者であるAさんの債権者がAさんの準共有持分(3分の1)を差し押さえた場合には、差押えによる処分禁止効により、Aさんは、本条による預金の払戻しを受けることができなくなると考えられます。
厳格だった“遺産の仮分割”の要件も緩和
なお、相続法改正に伴い、家事事件手続法200条3項も改正、追加されています。
これにより、家庭裁判所に遺産分割の調停・審判の申し立てを行えば、家庭裁判所の判断で預貯金の全部または一部の仮払いを受けることができるようになりました(保全処分の要件緩和)。
もともと、改正前の家事事件手続法でも、家庭裁判所に『保全処分』を申し立てし、要件を満たせば、預貯金の仮分割・払戻しの仮処分を受けることはできました(200条2項)。
ただし、そのためには『強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき』という厳格な要件が課せられており、実際のところは容易にはできない状況でした。
この要件が、今回の改正により緩和されたわけです。
適用要件は次の通りで、申立権者は、遺産分割の調停、審判の申立人またはその相手方です。
(1)遺産分割の審判または調停の本案が家庭裁判所に係属していること。
(2)相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁等のため必要であること。
(3)ほかの共同相続人の利益を害しないこと。
なお、仮分割により申立人に預貯金の一部が仮払いされても、本案においては、改めて仮分割された預貯金債権を含めて遺産分割の調停、審判をすべきものと考えられます。
※本記事の記載内容は、2019年9月現在の法令・情報等に基づいています。
Aさんの父は、病気で入院治療を受けていましたが、先般亡くなりました。
遺産としては、X銀行に預金(1,800万円)があるだけです。
Aさんは長男で、父の相続人としてほかに弟のBさんと妹のCさんがいます。
Aさんはあまり預貯金や現金の持ち合わせがなく、父の葬儀費用の捻出や病院の治療費の支払のために、父の遺産の預金を払い戻してこれらに充てたいと考えていますが、弟や妹とは仲が悪く、これについて二人から同意を得ることができません。
このような場合、どうすればよいでしょうか。
被相続人の預金の払戻しに関して、『改正相続法』以前は法律による規定はなく、最高裁判所の決定を基準としていました。
従前の判例では、預貯金等の債権については、相続開始と同時に当然に、各共同相続人にその相続分に応じて分割され、各共同相続人は、分割により自己に帰属した債権を単独で行使することができると解されていました。
つまりAさんは、単独で相続分(3分の1)の600万円について、X銀行から預金の払戻しを受けることができるということになります。
しかし実際は、『相続人全員の合意がないと相続人単独の預貯金の払戻しには応じない』とするのが金融実務の実状で、遺産分割前は相続人が単独で預貯金を払い戻すことができませんでした。
その後、最高裁平成28年12月19日決定(民集70巻8号212頁)により、“相続された預貯金債権は遺産分割の対象に含まれる”こととなりました。
つまり、預貯金債権は共同相続人全員の準共有状態となり、遺産分割が終了するまでは共同相続人による単独での払戻しができないこととされたのです。
払戻しをするには、共同相続人全員が合意し、全員が共同して行使しなければなりません。
これでは、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済など、相続人の死亡後の早い段階で出てくる資金需要に対応することが困難です。
改正相続法で可能となった“単独での払戻し”
改正相続法では、このような不都合を解消するために、相続開始後遺産分割終了までの間、一定の上限を設けたうえで、家庭裁判所の判断を経ないで、単独で金融機関の窓口において預貯金の払戻しを受けることができる制度が創設されました(909条の2)。
単独で払戻しができる額は、『相続開始時の預貯金債権額×3分の1×当該払戻しを行う共同相続人の法定相続分』です。
ただし、同一の金融機関からの払戻しは、法務省令が定める150万円を限度とします(ちなみに、相続開始直後に資金需要が一番高いと考えられる葬儀費用の平均的な金額が150万円です)。
Aさんの場合、単独で払戻しができる額は『1,800万円×3分の1×3分の1=200万円』となりますが、同一の金融機関から払戻しは150万円が限度であるため、Aさんが単独でX銀行から払戻しできるのは150万円までとなります。
ここから、父の葬儀費用や父の病院の治療費を捻出し、支払に充てることができます。
改正法909条の2は、さらに、払戻しを受けた(権利行使された)預貯金債権について、『当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす』と定めています。
これは、誰が預貯金を払い戻したか客観的に明らかであり、当該権利行使された預貯金債権について、遺産分割においてこれを当該相続人以外の者に帰属させる必要性もないことから、このような定めになったものです。
なお、改正法909条の2は、あくまでも共有法理の例外を設けたもので、第三者であるAさんの債権者がAさんの準共有持分(3分の1)を差し押さえた場合には、差押えによる処分禁止効により、Aさんは、本条による預金の払戻しを受けることができなくなると考えられます。
厳格だった“遺産の仮分割”の要件も緩和
なお、相続法改正に伴い、家事事件手続法200条3項も改正、追加されています。
これにより、家庭裁判所に遺産分割の調停・審判の申し立てを行えば、家庭裁判所の判断で預貯金の全部または一部の仮払いを受けることができるようになりました(保全処分の要件緩和)。
もともと、改正前の家事事件手続法でも、家庭裁判所に『保全処分』を申し立てし、要件を満たせば、預貯金の仮分割・払戻しの仮処分を受けることはできました(200条2項)。
ただし、そのためには『強制執行を保全し、又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき』という厳格な要件が課せられており、実際のところは容易にはできない状況でした。
この要件が、今回の改正により緩和されたわけです。
適用要件は次の通りで、申立権者は、遺産分割の調停、審判の申立人またはその相手方です。
(1)遺産分割の審判または調停の本案が家庭裁判所に係属していること。
(2)相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁等のため必要であること。
(3)ほかの共同相続人の利益を害しないこと。
なお、仮分割により申立人に預貯金の一部が仮払いされても、本案においては、改めて仮分割された預貯金債権を含めて遺産分割の調停、審判をすべきものと考えられます。
※本記事の記載内容は、2019年9月現在の法令・情報等に基づいています。