一之瀬 渉税理士事務所

中小企業もひとごとではない!?『人的資本開示』の重要性

25.01.14
ビジネス【人的資源】
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人材は経営の資本であり、企業の将来的な成長に欠かせない要素であることが広く認識されるようになりました。
金融庁では、上場企業などを対象に、人材に関する情報を内外に向けて開示する「人的資本開示」を2023年3月期の決算から義務づけています。
一見、中小企業には無関係に思える人的資本開示ですが、今のうちに取り組んでおくことで、さまざまなメリットがあります。
人的資本開示の具体的な中身について把握しておきましょう。

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無形資本の「人的資本」はなぜ重要なのか?

会社を経営するためには、資本が必要です。
資本といえば一般的にお金や不動産、設備のことを指しますが、知的財産や顧客データ、ブランドや企業文化、そして従業員の持つ能力や知識、ノウハウなども資本です。
お金や不動産などの形がある「有形資本」に対し、これらの形のない資本のことを「無形資本」と呼びます。
従業員の持つ能力や知識などのいわゆる「人的資本」は無形資本のなかでも大切な役割を担っており、特に企業が事業活動を行ううえでは必要不可欠なものです。

また、近年は投資家が「環境(Environment)、「社会(Social)」、「企業統治(Governance)」に取り組んでいる企業へ投資する「ESG投資」が関心を集めており、この「社会」に含まれる人的資本もESG投資に関連する要素として、投資の判断材料となっています。

こうした人的資本の重要性の高まりに伴い、上場企業を中心とした大手企業約4,000社に対して、「有価証券報告書」に人的資本に関する情報を記載する「人的資本開示」が義務化されました。

有価証券報告書とは、上場もしくは一部の非上場の株式会社に対して提出が義務づけられている企業情報や経営情報を記載した報告書のことで、投資の判断材料になるよう一般にも開示されています。
金融庁が運営する電子開示システムの「EDINET」にアクセスすれば、誰でもこの有価証券報告書を閲覧することが可能です。
そして、金融商品取引法第24条に基づく内閣府令によって、2023年3月期の決算以降は、有価証券報告書に人的資本に関する情報も記載する必要が出てきました。

では、対象となる約4,000社の企業は、どのような人的資本に関する情報を記載すればよいのでしょうか。
記載する情報は、2022年8月30日に内閣官房の非財務情報可視化研究会が公表した「人的資本可視化指針」に参考例がまとめられています。
同指針では、7分野19項目に関する開示を推奨しており、企業ごとに開示する内容を精査して選ぶ必要があります。
政府が情報開示を求める7分野は以下の通りです。

1.人材育成
研修、リーダーシップ、人材確保・定着、スキル向上など
2.従業員エンゲージメント
従業員満足度など
3.流動性
採用、離職率、定着率、サクセッション(後継者育成)など
4.ダイバーシティ
多様性、属性による給与や福利厚生の差、育児休業など
5.健康・安全
労働災害の発生件数、医療・ヘルスケアサービスの利用促進など
6.労働慣行
児童労働・強制労働、賃金の公正性、福利厚生、組合との関係など
7.コンプライアンス
人権問題の件数、業務停止件数、懲戒処分の件数と種類など

選ぶ際には、経営のトップ層が中心となって議論し、選んだ理由を論理的に説明できるようにしておく必要があります。

中小企業が人的資本開示を行うことの意義

日本の企業の数は約368万企業なので、約4,000社には含まれない99.9%以上の企業にとって、人的資本開示は無関係なことに思えるかもしれません。
しかし、社会的な人的資本の重要性は今後も高まっていくと見られており、将来的には中小企業にも人的資本開示が義務づけられる可能性があります。
将来の法改正に今から備えておくに越したことはありませんし、何より人的資本開示のために自社の人的資本を測定することで、人的資本の客観視が可能になり、これまで以上に人材を有効活用できるようになるという利点があります。

また、人的資本開示は採用の面でも役立ちます。
開示の準備段階で自社の人的資本について詳細を把握することになるため、必要な人材がわかり、社風に合う人材を採用できるようにもなるでしょう。
開示によって、求職者へアピールできるのもメリットの一つです。
たとえば、求職者にとって流動性の分野や健康・安全の分野などは、入社前にほとんど情報を取得できないという課題があります。

さらに、人的資本開示は大企業との取引にも有利に働きます。
大企業は取引先を選定する段階で、さまざまな判断基準を持っており、そのなかの一つに人的資本の情報も含まれています。
人的資本開示を行なっていない企業、人的資本について不透明な企業は、選定の段階で弾かれてしまう可能性もあります。

このように中小企業であっても、採用や取引の場面などで、人的資本開示が必要になるかもしれません。
人的資本可視化指針を確認しながら、まず自社ではどのような分野・項目での開示が重要になるのか、考えてみてはいかがでしょうか。


※本記事の記載内容は、2025年1月現在の法令・情報等に基づいています。