森総合税理士法人・㈱森総合コンサルティング

『人事異動』に関する労使トラブルを避けるために必要なこと

25.09.23
ビジネス【労働法】
dummy

人事異動は組織の活性化や人材育成に欠かせませんが、労働者にとってはキャリアや生活に大きな影響を与えるため、予期せぬ異動命令に不安を抱く人もいます。
内容次第では「不当な異動命令」として深刻なトラブルを招き、最悪の場合、裁判にまで発展するケースもあります。
特に、労働者の意思に反した不利益な配置転換を強いるような場合は、ケースによって「人事権の濫用」とみなされ、異動命令が無効と判断されてしまいます。
こうした人事異動を巡る労使トラブルを未然に防ぐために、企業が押さえておくべきポイントを解説します。

dummy

人事権の濫用だと判断されるケースとは

人事異動は、企業にとって、事業の再編や業務効率化を図る手段の一つです。
しかし、労働者にとっては、長年培ってきた専門性を活かせなくなったり、新たな人間関係の構築を強いられたりするもので、大きな負担を抱えてしまう人もいます。

特に、育児や介護といった家庭の事情を抱えている労働者にとっては、勤務地や勤務時間の変更が生活そのものを揺るがす大きな問題となることもあります。
こうした状況下で、企業側の意図が伝わらず、配慮もないまま異動命令が出されると、労働者は不満や不信感を募らせてしまいます。
これがトラブルの火種となり、最終的には異動命令の有効性を巡る法的な争いに発展することもあります。

企業には、業務上の必要性に基づいて労働者の配置や職務内容を変更する「人事権」が認められています。
しかし、この人事権は無制限に行使できるわけではありません。
労働契約法第3条には、権利の濫用は許されない旨が定められており、人事権の行使もこの原則に従う必要があります。

過去の裁判例では、「業務上の必要性が存在しない異動」や「労働者が受ける不利益が著しく大きい異動」などが人事権の濫用と判断されたことがありました。
たとえば、特定の従業員を退職に追い込む目的で、わざと業務内容とまったく関係のない部署へ異動させるようなケースは、業務上の必要性がある異動とはいえません。
また、育児や介護といった特別な事情を抱えている労働者に対して、その事情を十分に考慮せずに遠方への転勤を命じるようなケースは、労働者の受ける不利益が著しく大きいといえるでしょう。
このように、権利の濫用だと判断されれば、その異動命令は無効となる可能性があります。

ほかにも、労働契約で職種が明確に特定されている場合における使用者による職種変更の命令は、原則として契約に反するため、認められていません。
したがって、職種変更に伴う異動も原則として認められないことになります。
ただし、就業規則などにより職種変更の可能性があらかじめ示されている場合には、一定の範囲で許容されることもあります。

異動命令の根拠を確保するために必要なこと

人事異動を巡るトラブルを未然に防ぐためには、労働契約を締結する際に、労働者の職務内容や勤務地をどこまで限定するのかを明確に定めておくことが重要です。
労働契約書や就業規則に「会社は業務上の都合により、配置転換や転勤を命じることがある」といった包括的な規定を盛り込んでおくことで、異動命令の根拠を確保できます。
ただし、前述した人事権の濫用の原則は常に適用されることを忘れないようにしましょう。

また、異動命令を出す際には、その業務上の必要性と異動の目的を丁寧に説明することが求められます。
労働者が納得しやすいように、なぜこの異動が必要なのか、異動先でどのような役割を期待しているのかを具体的に伝えることで、労働者の不安や不信感を和らげることができます。
一方的な命令ではなく、対話を通じて理解を求める会社側の姿勢が、労使トラブル回避につながります。

さらに、育児や介護、あるいは健康上の問題など、労働者が抱える個別の事情には最大限の配慮が必要です。
まずは労働者本人から丁寧にヒアリングを行い、個々の事情を把握したうえで、異動の時期や内容を調整できないか検討しましょう。

人事異動は、企業経営において欠かせない重要なプロセスですが、その実施方法によっては、深刻な労使トラブルを引き起こすリスクもあります。
会社側の都合だけで一方的に進めるのではなく、労働者の生活やキャリアに与える影響を考慮し、丁寧なコミュニケーションと配慮を心がけることが、労使トラブル回避のカギとなります。
人事異動は業務命令というだけではなく、労働者のキャリアアップや組織全体の活性化につながるポジティブな機会としてとらえ、労使双方にとって納得感のある人事異動を目指しましょう。


※本記事の記載内容は、2025年9月現在の法令・情報等に基づいています。