みよた社会保険労務士法人

『退職申出』の期間を1カ月前にすることへの法的根拠

26.04.28
ビジネス【労働法】
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退職の時期について、過去に従業員と揉めてしまったという人事担当者は少なくありません。
民法では、期間の定めのない雇用契約において、解約の申入れから2週間が経過すれば契約が終了すると定められています。
しかし、多くの企業の就業規則には「退職は1カ月前までに申し出ること」と規定されています。
この法律とルールのズレは、どのように解釈するべきなのでしょうか。
民法の規定がありながら、なぜ1カ月前のルールが通用するのか、その法的根拠と実務上の留意点を考えていきます。

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就業規則と民法はどちらが優先される?

従業員の退職について、民法では「2週間前の告知で退職できる」とされていますが、これはあくまで最低限のルールとしてとらえる必要があります。
通常は、多くの会社が就業規則で1カ月前の申し出を規定しています。
なぜなら、企業には業務の引き継ぎや後任者の確保といった、事業を継続させるための正当な理由があるからです。

過去の裁判例を見ても、就業規則で定められた「1カ月前の退職予告期間」は、ただちに民法に反して無効とされるわけではありません。
企業の円滑な運営に必要な合理的範囲内であれば、労働契約の内容として有効であると判断されることもあります。
つまり、「1カ月」という期間は、常識的な引き継ぎ期間として、裁判所からも認められやすい数字だといえます。
なお、この期間を計算する際は、土日や祝日を省くのではなく、カレンダー通りの「暦日」でカウントするのが通例です。

ただし、就業規則に一定の有効性が認められるとはいえ、実務上は大きな壁があります。
就業規則に1カ月前と記していても、従業員が強硬に「2週間で辞める」と主張し、申し入れから2週間後、即座に出勤を拒んだ場合、企業側はそのまま退職を認めざるを得ないのが実情です。
労働者は、日本国憲法が保障する「職業選択の自由」と、労働基準法が定める「強制労働の禁止」に守られており、会社が物理的に労働を強いることはできないからです。

個々の事情にもよりますが、無理に引き止めて働かせることは、かえって労働法違反のリスクを招くことになりかねません。

損害賠償請求や退職金不支給の壁も高い

急な退職によって現場が混乱し、損害が出た場合、会社としては「退職者に損害賠償を請求したい」と考えることもあるかもしれません。
しかし、実際に裁判で損害賠償が認められるケースは極めてまれです。
会社側が賠償を勝ち取るためには、「その従業員が急に辞めたこと」と「具体的な損害の発生」との間に、明確な因果関係を証明しなければなりません。

さらに、労働者に「会社を陥れてやろう」という悪質な意図があったり、極めて重大な過失があったりする場合を除き、単なる引き継ぎ不足程度で賠償が認められることはほとんどありません。
裁判所は労働者の退職の自由を重く見るため、会社側が立証責任を果たすのは非常に困難であると認識しておきましょう。

また、就業規則の定めに反して退職した従業員への退職金については、どう考えるべきでしょうか。
就業規則に「正当な理由なく承認を得ずに退職した場合に退職金を減額・不支給とする」といった条項があれば、一定の減額などは不可能ではありません。
ただし、これまでの労働の対価をすべて奪うほどの不支給は、公序良俗に反すると判断される可能性があります。

過去の判例でも、退職金の不支給が認められるのは「長年の功労を抹消してしまうほどの著しい背信行為」があった場合に限られることがほとんどです。
単に「申出期間が短かった」という理由だけで全額不支給にするのは、無効とされる可能性が高いといえるでしょう。

契約社員は契約満了まで一方的な解約は不可

退職に関して、契約社員などの「有期雇用契約」はルールが異なります。
期間を定めて契約している以上、原則としてその期間が終わるまでは、労働者も会社も一方的に解約することはできません。

ただし、これにも例外があります。
民法により「やむを得ない事由」がある場合には期間途中での退職が認められており、さらに労働基準法により、契約期間の初日から1年が経過している場合には、特段の理由がなくとも、労働者の申し入れによりいつでも退職が認められます。
また、会社と本人が合意すれば、期間内であってもいつでも解約は可能です。
契約社員の場合、まずは契約期間という縛りが前提にあることを理解しておく必要があります。

結論として、就業規則に定める「1カ月前ルール」には一定の法的効力がありますが、それはあくまで従業員の協力を前提としたものです。
無理な引き止めや、損害賠償をちらつかせることは、かえって企業の信頼を損ない、SNSなどでの炎上を招くリスクもあります。

経営者や人事担当者に求められるのは、退職の申し出があった際に本人の意思を尊重しつつ、段階的な引き継ぎを促す対応です。
そして何より、従業員が「一刻も早く辞めたい」と思うのではなく、「最後まで責任を持って引き継ぎをしてから辞めよう」と思えるような、風通しのよい職場環境を日頃から整えておくことが大切です。


※本記事の記載内容は、2026年4月現在の法令・情報等に基づいています。