人手不足解消や雇用機会の創出にもなる『在籍型出向』
「在籍型出向」とは、従業員が現在所属している会社との雇用関係を保ったまま、別の会社で業務に従事する働き方の一つです。
この制度を導入することで、一時的に人員の余剰が生じた企業は従業員の雇用を守りつつ、人手不足に悩む企業へ貴重な労働力を送り出すことができます。
在籍型出向は単なる人材の貸し借りではなく、企業間の連携を深めて、従業員に新たな成長の機会を提供する戦略的な人事施策ともいえます。
メリットや導入のポイントなどを踏まえながら、在籍型出向の可能性を探っていきます。
在籍型出向が注目を集めている理由
「在籍型出向」とは、従業員が出向元となる現在所属している会社との労働契約を維持したまま、出向契約に基づき出向先となる別の企業で労働契約を締結し、その指揮命令下で業務に従事することを指します。
ポイントは、原則として雇用関係は出向元に残しつつ、出向先にも指揮命令関係が生じるという点です。
よく似た制度に「労働者派遣」や「転籍(移籍出向)」がありますが、これらの制度の場合、従業員が両方の会社と労働契約を結ぶことはありません。
「労働者派遣」の場合、従業員は派遣元の会社とのみ労働契約を結び、派遣先の指揮命令を受けて働きます。
「転籍」は従業員が出向元との労働契約を終了させ、新たに出向先(転籍先)と労働契約を結ぶというものです。
つまり、完全に籍が移ってしまうことになります。
一方、在籍型出向は「いずれは自社に戻ってくること」を前提としており、従業員の籍は元の会社に置かれたまま、期間限定で他社の業務を行うという特徴があります。
在籍型出向という制度自体は以前から存在していましたが、ここ数年でその重要性が増してきました。
理由の一つは、産業構造の急速な変化です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)やGX(グリーントランスフォーメーション)の進展により、既存の事業が縮小する一方で、新たなスキルを持つ人材を求める成長分野が生まれてきました。
このような状況下で、在籍型出向は従業員の雇用を維持したい企業と、即戦力の人材を求める成長分野の企業をマッチングさせる仕組みとして機能しています。
また、働き方の多様化も追い風となりました。
従業員にとっても、一つの会社に留まるだけでなく、外部の環境で新たなスキルや知識を習得することは、自身のキャリアの成長を促す機会となります。
出向を通じて得た経験は、従業員の成長を後押しし、出向元の組織力強化にもつながるという認識が、働き方の多様化を背景に一層広まりました。
在籍型出向の成功には従業員の納得感が重要
出向元にとっては従業員の雇用を維持でき、出向先の企業にとっては即戦力となる人材を迅速に確保できる在籍型出向ですが、導入には注意も必要です。
出向先の企業にとっては、出向者への指揮命令権が出向契約の範囲内に限定されるため、業務内容の急な変更があった場合などに柔軟に対応しにくいケースがあります。
また、あくまで期間限定の戦力であるため、長期的な視点での育成投資がしづらいという側面もあります。
さらに、既存の社員と出向者との間に企業文化の違いから摩擦が生じないよう、受け入れ体制を整え、コミュニケーションを円滑にする配慮も不可欠です。
そして、労働契約法14条では、会社が社員に出向を命じる場合でも、その出向が本当に必要でなかったり、出向させる人の選定が不公平だったり、その他の事情を考えても不当だといえるような場合には、その出向命令は無効になることが定められています。
出向の命令が「権利の濫用」とみなされると、その出向は無効となるばかりか、場合によっては労使トラブルに発展するおそれもあります。
在籍型出向を成功させるためには、従業員から個別の同意を得ることが不可欠です。
同意を得るためには、ぎりぎりのタイミングではなく、早い段階で出向の目的、期間、出向先での業務内容や労働条件などを真摯に説明し、従業員のキャリアプランにとっても有益であることを伝え、理解を求めるプロセスが欠かせません。
同時に、出向元企業と出向先企業の間で、詳細な「出向契約」も締結する必要があります。
契約書には、出向期間、業務内容、労働時間や休日といった基本的な労働条件はもちろん、給与や賞与、社会保険の取り扱い、福利厚生費などの費用をどちらがどの割合で負担するのかを明確に定めておきましょう。
後々のトラブルを避けるためにも、専門家の助言を得ながら、双方にとって公平な内容の契約を結ぶことが大切なポイントです。
その他、出向中の従業員へのフォローアップにも注力するべきです。
出向者は新しい環境で少なからず不安を感じています。
出向元の人事担当者は、月1回など定期的に面談の機会を設けるなどして、出向者の状況を把握し、孤立させないように配慮する必要があります。
在籍型出向を制度として導入するためには、法的な手続きの遵守や契約内容の精査はもちろん、出向する従業員本人の気持ちに寄り添い、丁寧なコミュニケーションを尽くすことが重要です。
※本記事の記載内容は、2025年11月現在の法令・情報等に基づいています。