日本の半導体の復活
ラピダス(Rapidus株式会社)は令和4年8月に、日本の半導体産業の復活の為、トヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンク、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社が総額78億円を出資して設立した先端半導体(回路線幅2ナノメートルの先端ロジック半導体)の国産化の為の企業です。政府からは既に3300億円の補助金が充てられています。真に官民の連合軍です。北海道千歳に第一工場が建設され、令和6年末までの操業開始が予定されています。日本の半導体産業の復活はラピダスの成功にかかっているようです。
1986年(昭和61年)の半導体の売上ランキングを調べると、世界1位 NEC、2位 日立製作所、3位 東芝、4位Motorola(モトローラ)、5位 TI(テキサスインスツルメンツ)、6位Philips、7位 富士通、8位 松下電器産業、9位 三菱電機、10位がIntel(インテル)となっています。この時期の日本の半導体産業は世界のシェアの70~80%を占め、世界一の半導体産業を誇っていたのです。そして米国との半導体戦争の始まりは1986年(昭和61年)の日米間で締結された「第一次半導体協定」から始まります。この協定では、日本の半導体市場の海外メーカーへの解放と日本企業によるダンピングの防止となっていますが、これだけではなく外国製のシェアを5年以内に20%以上にするという秘密書簡が交換されていました。その協定が結ばれる1年前の1985年(昭和60年)9月にドル高を是正するという名目で、先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議がニューヨークのプラザホテルにて開催され、これにより円高・ドル安に誘導され、当時対ドル240円の相場だった円は120円まで高値誘導されました。それは米国からすると、日本からの輸入品が一挙に倍の価格になったということになるのです。そして追い打ちをかけるように1991年(平成3年)6月に新たに「第二次半導体協定」が日米間で締結され、日本の半導体産業は完全に米国に抑え込まれ、1992年(平成3年)には日本の半導体市場における外国製のシェアが20%を超え、世界の半導体売上ランキングではNECが脱落し、インテルが遂に1位となり、世界のDRAM売上では、サムスン電子が日本企業を抜きシェア1位となったのです。しかし、私はプラザ合意といい、米国との半導体協定といい、まるで無条件降伏をするような不当な合意や不当な協定に、日本政府がなぜ従ったのか、あるいは従わざるを得なかったのかが、不可解なままでした。ただ敗戦国だから従わざるを得なかったのか、結局いつまでたっても日本は米国支配の植民地のような国なのだろうかと思うばかりでした。しかし最近とても辻褄が合う話が出てきました。1985年(昭和60年)8月12日の日航123便墜落事件が、影響しているのではないかというジャーナリストの話に、思わず頷いてしまいました。この墜落事件については、私のこのコラムの平成29年11月号で、青山透子 (著)「日航123便墜落の新事実」を取り上げています。今もなおこの墜落事件の真相を追い続けている方々が多くいます。その中での推論の一つに、この事故の後、日本政府はことごとく米国政府の言いなりになっており、この事故の真相には、日本政府が米国政府に大きな借りを作るようなことがあったのではないかというものです。私はこの推論に思わず納得してしまいました。そうであれば、私が今まで、なぜここまで不当な米国の要求を、無条件降伏のように受け入れてしまったのかという疑問が解けてしまうのです。
話を半導体戦争に戻しましょう。この平井宏治著の「新半導体戦争」には日本半導体産業の復活の可能性を、新たな半導体産業の強者の国々との戦争として述べられています。日本半導体産業の復活のためには、これまで情報漏洩に対してノーガードと言っていい日本のセキュリティーの現状の危険性を、最近注目されている「セキュリティー・クリアランス」法制の重要性と、中国の大学と日本の大学の提携による留学生の受け入れの危険性の問題から、明らかにしています。
またラピダスは回路線幅2ナノメートルという先端半導体の量産化を目指していますが、先に敗北した半導体戦争から日本においては、40ナノメートルからの技術蓄積が止まっており、既に世界では3ナノメートルの生産技術を持ち2ナノメートル以下の先端半導体にチャレンジしている状況に、40ナノメートルの量産技術しかない日本が、40ナノメートルから2ナノメートルへの開発へ進むということは、9世代分の開発事実を飛び越えることであり、ラピダスで2ナノメートル半導体の量産化に成功できるか否か断言することは出来ないようです。しかし日本に大きく有利とされるものは、世界一の半導体材料の生産力と、世界一の半導体製造装置の生産技術を保持していることのようです。特にこの2つの技術の漏洩を防ぐために、先の「セキュリティー・クリアランス」法制や、中国からの大学への留学生だけでなく、企業や研究機関への中国からの研究員の受け入れなどに最大の防御態勢が必要であると力説しています。
半導体は生活に欠かせない必需品であり、もはやこれからの生活は半導体なしには成り立たないところまで来ています。コロナ禍で半導体が不足した結果、エアコンをはじめとする電化製品の量産が困難となったり、車が製造できなくなり、ロシアでは新たなミサイルや戦闘機の導入が難しくなりました。半導体の回路線幅が微細になることは利用する電力容量が省力化されることであり、今後益々「ナノレベル」の技術革新が続いていくでしょう。これは、本来日本が得意とする技術革新力だと思うので、私は必ず半導体産業は大いなる復活を遂げると信じていたいです。日本の産業の成長力を最も恐れているのは、実は米国です。当初の半導体戦争と同じように、日本の産業が成長すればするほど、米国からの外圧が今後もかかってくるでしょうから、米国に借りがあるなら、それをネタにいつまでもゆすられないよう、日本政府はそのネタを明らかにすべきです。日米戦争は80年近く前のことだし、123便の事件は40年近く前のことです。もちろん、セキュリティー・クリアランス制度導入に反対する、中国共産党に懐や玉を握られている議員や役人も、自分がスパイに成り下がっていることを、肝に銘じて欲しいところです。
話しは変わりますが、東京15区の衆議院議員の補欠選挙で「日本保守党」の飯山あかり氏が大健闘しています。北九州市長選も、自民党と立憲共産党や他の政党を全面的に敵に回して、絶対当選は無理だといわれた中、武内市長は当選しました。何としてでも当選することを願っています。こういう方々が国会に増えると日本はもっと自立できるでしょうにね。